コラム > 2018年12月

「我々がオカネを払うのは、ソコではないんです」

(2018年12月28日)

「データはいいものが集まっていますね。構造的であり、データの在りかに対する目の付け所もいい。自分たちでやったらとても集められなかったでしょう。でも、我々はここにカネを払うのではないのですよ。この調査過程で宮嵜さん(筆者)、貴方が考えたことにカネを払うのです。具体的には、貴方が考える今後の××のシナリオです。A4用紙数枚で結構です。さて、いつまでに出来ますか?」

「豊富なデータをありがとうございました。大変参考になります。・・・さてと宮嵜さん。調査の過程で何かピンときたり引っかかったことがおありになるのでは? 私たちはそれを知りたいのですよ。例えば提出頂いた企業リスト。この中に“なんとなく”気になる企業があるのではないですか? いわゆる勘というやつです。我々には見えないのですよ。そして、カネをお支払いする本質はそこにあるのです」

ともに、クライアントから調査員(筆者)に投げかけられた言葉だ。11月中旬以降に手掛けた案件の、最終報告前のミーティング時のことである。前者/後者とも異なる超大手製造業である。

ドッキリ感とともに、「やられた感」があった。2社立て続けに同じ趣旨のことを言われたのでなおさらだ。しかし、実に爽快な気分になった。さらにやる気が湧いてきた。私が普段考えていたことを、正確に射抜いてくれたからだ。

「お客様を徹底的に支援するために、我々に出来ること」

我々は調査会社である。そして普段、私自身はこう考えてきた。「お客様は、何に価値を見いだしてくれてオカネを払うのだろうか」と。その疑問は、「そもそも調査とはなんだろう?」という部分にまで広がった。

私の結論は、以下のようなものである(当たり前かもしれないが)。

調査を行う本質的な主体は、調査を依頼してくるクライアントである。調査会社ではない
調査の結果として得られた情報を、クライアントは実際のアクションに活用する(これは、ぜひ活用してもらいたいという私の願望でもある)

つまり、調査とは「××が知りたい」というクライアントの欲求があって初めてスタートするもので、主体はあくまでクライアント。その調査結果を生かすのも当然、クライアントである。そして調査会社の役割は、(頼まれれば)上記のようなクライアントのアクションを、徹底的に支援することに尽きる。

・・・やっと、冒頭の発言部分につながった。極限すれば、「徹底的に支援」することとは「思考の一部を差し出すこと」であり、お客様がカネを払うのは「作業」ではなく「視点」なのだろう。もちろんこのベースとなるのは、徹底的な文献調査により、精緻・豊富な「定量データの塊」を作ることであり、必要と思われるだけヒアリングを繰り返す「作業」にあるのだが。

なお言うまでもなく、「調査報告書」にも調査員の見方・考え方の一部が反映されている(そもそもデータを探す・選ぶ段階で、考えが反映されている)。この文書の提出と説明会をもって調査業務は終了となることも多いが、冒頭のように明確な形で別のもの――知見――を求められることが多くなった。これはとてもとても嬉しいことである。同時に、「呆然と過ごしていてはだめだ。常に考え続けなくては」と、改めて決意することにした。

Knowing is not enough, we must apply. Willing is not enough, we must do.
(知るだけでは十分ではない。それを使わなくてはならない。やる気だけでは十分ではない。実行しなくてはいけない)

これはドイツの詩人であり劇作家のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉だ。「若きウェルテルの悩み」や「ファウスト」の作者といえば、何となくお判りになると思う。

ここに引用したのは、我々調査会社の主業務である調査(Research)に関し、重要な示唆が込められていると思ったから。すなわち、「調査を行うのは誰か」「何のためにその調査をするのか」に対する、明確な答えがここにあると思えた。自戒を込めて付け加えるとすれば、

Researching is not enough, we must thinking, thinking and thinking.

本年も皆様方には、大変お世話になりました。
皆様のご健勝と、貴社の益々のご発展を心よりお祈りいたしております。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。

宮嵜清志(株式会社テクノアソシエーツ 取締役 副社長)

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